Mory's Play Land

人生はドラマだ。

十字架を背負って生きることをやめた話

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こんにちは、もりーです。

 

今日は、昨晩のお風呂で一気読みした本を読んでの感想になります。

 

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

 

 

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)。

 

このブログでのおなじみ、自論で溢れてしまうのですが。

 

私はブラック企業に勤めていたわけではないのですが、二年前はメンタルがめちゃくちゃ弱く。

 

もりーの研究所 ができるまで │ もりーの研究所

↑ ここにそのストーリーが一部書いてあります

 

アパレル業界に入った当時、メンタルがめちゃくちゃ弱くてすぐに泣くしすぐに体調を崩して、食事も喉を通らなく、声も出なくなるほどに病んで、泣きながら帰っていた帰り道事故にあったり、あまり大きな声では言えないけどもっと骨を打ったりして、状態を悪化させるほどにまでなったことがあります。

 

体を休ませたくても眠れない日々が続き、内科の先生に精神科に行ってくださいと言われて、認めたくないけど、もう頼れるのは精神科しかないと思いすがりつく思いで精神科に行きました。

 

診断されたのは、自律神経失調症&不安神経症(パニック障害)。

 

当時は「(あ、自分は病気だからしょうがないか!)」とも思ったり、「(こんなでは仕事が一生できな。生きるすべが見つからない。来世に期待して死のう。)」

 

死にたい。

と思ってしまうほど、誰にも責められてないのに勝手に追い詰められていました。

 

知恵袋という掲示板に毎日のように生きる方法やこの病を治す方法ばかり問う投稿ばかりしていました。

 

仕事をする人が好きで、仕事人間になるのが小学生の頃からの夢で。

 

なのに、ただ普通に働くということができない。

 

それは、休んでても仕事をしようとしても苦痛でしかない状況で。

 

生きているのが辛いとしか思えなかったのです。

 

電車にも乗れないし、人は怖いから外にも出たくない。

 

 

そんなことを言っている今は、ほぼ改善してるのですがね!!

三年間ほどで改善されました。

一生治らないと思っていたのでこのことを思い出すと幸せを感じます。

人には言いづらいこの辛さを改善した今はとても幸せと言えます。

 

 

そこで、この本の感想なのですが。前置き長すぎた。ごめんやで。

 

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

 

 

できる人がいるのに、自分ができないとどうしても思ってしまうのが

 

自分はダメ人間だ。ってこと。

 

でも、この本を読んで思ったのは、それってかっこよくなくない?かっこ悪すぎじゃない?そんなことを思いながら頑張るのって、クソダサくない?言い方悪いけど。

 

私は仕事ができる人を心の底から尊敬しています。

だからできない自分と比べて、あーダメ人間だって思ってしまう。

このパターンなの!いつも!見栄っ張りだし、負けず嫌いだから!

 

でもさ、

 

  • 人には個体差がある(限界値が違う)
  • 仕事ができる以前に、自分のことを理解していてハッキリと意見を言えるのがカッコイイ大人だと思う
  • みんな自分の幸せを考えるのもありだと思う(真面目な人はこれくらいな気持ちじゃないと自分をおざなりに扱いがちだから、幸せを考えよう!)

 

って思いました!!

 

タイトルにもあるのだけど、私は事故を起こして歩けなくなって辞めた時に思ったの。

 

「一生この十字架を背負って生きよう。そして誰にも迷惑をかけずに次迷惑をかけたら静かに死のう。そして、仕事ができるようになったら謝りに行こう。死んでからも謝ろう。」

 

そんなことを思って、一年。

 

自宅で勉強をしながら、クラウドソーシングでライターの勉強をさせてもらえる方を探しつつ、ブログやアフィリエイトを教えてもらい、記事書きの手伝いをして、自宅で仕事をしていたので、体調を壊すことはありませんでした。

(それでも自立をできるお金は稼げません。家族や友人がいたから生きていけたいた)

 

しかし、夜。

寝る前に思うことは、仕事ができなかった自分への罪悪感と辞めた後悔。

店長が辞める報告をした後に夜中何時間も電話で引き止めてくれたことを思い出すのです。店長はとても厳しくて、そんな優しい方だと思わなかった。なのに、その電話で優しさを感じ、申し訳なさで涙を流しながら今までのことを打ち明けて、またご迷惑をかけると思い辞めたのです。足も折れてたしね。

 

夢にまで出てくる嫌な思い出。

涙が止まらなくて、電車の中で変な人と思われたこともありました。

 

私にはそんなことでって思っていたことも、人には個体差がある(限界値が違う)ということをこの本で理解しました。

 

そして、仕事ができる以前に、自分のことを理解しているという格好良さ

これが大人だと思うんだよな〜。

 

あとは、それぞれ自分の幸せを考えるのもありだと思うということ。

 

本当に真面目な人はこれくらいな気持ちじゃないと自分をおざなりに扱いがち!

私も真面目な方だけど、もっと真面目な人もいて。

どうせ自分の幸せを考えながらも、他者の幸せを望んじゃうんだから!

結局はそういう人はそういう人なんだもの。

 

この本の中でも言っていたけど、みんなが頑張っているから私も頑張らなきゃって本当に危険。

 

自分のキャパを理解しなきゃね。

 

そういうことを明るく思えるようになりました。

 

よって、私は十字架を背負って生きるのをやめました。

 

ありがとうございます。

 

なんでも母に相談をしてしまう私ですが、本当に苦しいことは母にさえ言わずに色々やってきました。

しかし、当時十字架を背負って生きていく話をしたところ

 

「そんな十字架背負われたところで、○○(私の名前)のこともう忘れてると思うけど…」

と言われたこともあったなぁ。

 

あの時は、「(そんなことない。絶対殺したいほど憎んでいるに違いない)」とまで思っていたけど、それって本当に自意識過剰だよね。

 

いや、本人にしかわからないけど、本当に忘れているかもしれない。

 

なんか、背負っていたものはなくなって軽くなった気持ちになった。

 

 

今は、ブログで成功したい気持ちでいっぱいで。

まだ勉強中の身だけど、今している仕事に関わっている人全てが親切で尊敬できる人ばかりで。

過去のことを話しても、「それをブログに出して、経験として記事に出せば良いじゃん!それも経験じゃん!全部経験、経験!」と明るく言ってくれてね。

 

もう全部経験って思えるようになりました。

 

道でうんちを踏んでも、経験。

(慎重に歩けば踏まない)

 

家の鍵を忘れても、経験。

(前日に用意しておけば良いんだ)

 

これは自信作!って思ってた記事に直しを食らっても、経験。

(これは直せって言われちゃうかな〜って思ってたのがすんなり通ったりするしね)

 

まぁ、もう何をされても大丈夫なのかも。

と思うくらい強くなったのです。

 

 

本当にこの画像が好きで、人生に正解はないと思うことがとてもわかる。

 

 

 

今年になって、もりーの研究所を成功させたいって気持ちが大きくなりました。

 

副業としてやっていたから、なぁなぁにしちゃっていたのだけど、ブログを基礎から教えてくれた方がどんどん成功していって。

 

焦りと申し訳なさとで頑張らなきゃなと。

 

この病のことは本当は誰にも言うつもりもなかったけど、今は改善されていて、仕事が不自由なくできているので、これも経験として、バンバン言ってしまおうと。

 

もし、同じ思いの人がいたら話を聞いてあげたいと思うし助けたいと思う。

 

だからここでも話しておきました!!

 

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)を読んだからって言うのもあるけど、この本のおかげで十字架を背負うのをやめれたわけで。

 

ブログは私の心の実家って言えるくらい大切なものだから、何も包み隠さず話せる。

 

 

以上、新しい形の本の紹介&感想でした〜ヽ(^o^)

 

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〜本日のブログ BGM〜

  

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